1 和紙の歴史

1) 和紙の伝来: 紙が始めて発明されたのは中国であるが、最近中国の遺跡から出土した紙の分析によると前漢時代(前180−141年頃)すでに紙が漉かれていた事が判ったがその原料は麻製品であり、蔡倫(サイリン)によって初めて樹皮が使われたと認められるようになった。
 
日本では五世紀初めに漢人系技術集団が日本に渡来しており、諸国に国史(ふみびと)「書人」を配置して地方の記録を中央に通達しておりそれを記す紙が求められたのであろう。

 従って韓国の僧曇徴(ドンチョウ)〔紀元610年〕が来日したときにはすでに日本では紙が用いられており彼は(日本書紀第二十二卷に記載してあるように彩色(しみのもの)及び紙墨と碾磑(みずうす)を造ったとされており彼が日本で初めて作ったのは碾磑(みずうす)であり、 日本では彩色(絵具)や紙、墨はすでに作られていたので彼によって紙漉きがもたらされたものではないようである。(久米康生著:和紙の源流2004年10月28日 第1版発行。岩波書店)。

 一方、中国の紙の製法はシルクロードを伝わって西洋にも伝えられ、和紙と別な現在使われている洋紙の形をとるようになった。

2) 日本ではその頃仏教が普及し、国家としても統一されつつある時期であったので、仏教の経典の写経や国家の命令の伝達方法として紙の需要が増え、政府は各地に紙漉き場を造らせるようになった。

 当時紙の原料としては、麻、木綿などが用いられていたが、そのうち、日本に自生している楮、雁皮(ガンピ)を使用し、紙の繊維が均一に分散する粘剤(トロロアオイなど)を発見し、流し漉きという世界にも稀な優れた技術が開発され、その紙は中国にも逆輸出されるようになった。

3) 和紙と言われる紙の原料は一般には楮、ガンピが主であったが、楮は栽培できたがガンピは栽培できず野生のものを用いたため漉かれる紙の量としては少なかった。

  当時使われていた紙は主に楮で漉かれた紙で、楮は漢字を書くに適しており専ら役所や男性が用いていた様であるが、雁皮紙は丈夫で薄くて光沢と透明性があり、平安時代になると漢字の他にひらがなという書体が女性に用いられるようになり、世界的にも有名な紫式部の源氏物語や蜻蛉日記、枕草子などの女流文学は雁皮紙に書かれている。

4) 雁皮紙は高級な紙であるが栽培できないので入手が困難なことから、室町時代には中国から栽培可能である三椏が輸入され、一般的には楮のほかに三椏が多く使用されており、雁皮紙は限られた目的に使用されていたが、雁皮紙は和紙の王様と言われるほど貴重な紙である。


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